32.立ち止まる人

2008年1月25日
その人は、眼鏡を掛けて、いつも野球帽を被っている。

その人は、乗らずに、いつも自転車を押している。

いつかは、通行の妨げになることなど一向に気に掛ける様子もなく、中央通りの歩道の真ん中で、愛用の自転車を脇にして通りを行き交う車の流れを凝視していた。

いつかは、茶舗の入り口にある、宣伝用に置かれた、急須から茶碗に茶が注ぎ込まれる様子を模した模型を、やはり、愛用の自転車を脇にして凝視していた。

いつかは、私の歩く先に立ち止まっていて、通行人の一人である私を観察しているのかと思いきや、その目は私の身体を通り越してあらぬ所をじっと見ていた。

いつかは、神明通りで…。

その人を見掛ける度に、その人が何を見ているのか、何が見えるのか、とても不思議で興味が沸いた。

世間には世間の流れがあって、その大きなうねりに一人一人が身を預けている。
奔流もあれば緩やかに、静止しているかのように見えても穏やかに、確実に流れている。
その流れから外れると、人は生き辛くなる。
常識、普通という流れ。

その人は、その流れの外にある。
そうして、その流れをじっと観察している。

あるいは、流れが来る前から存在していた樹木かもしれない。
そこに世間の流れが勝手に押し寄せただけ。

世間の流れに耐えられなくなって根こそぎ運ばれた時、その人はその人でなくなり、街頭で立ち尽くす姿を、もうそこに目にすることはないだろう。

好きな時に立ち止まる。
その人の、その自由さが、私にはとてもうらやましい。

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