42.香り

2008年6月8日 日常
移り香で人が想い出されるように花の香りも十人十色。

この時期、エゴノキの薄桃色の花が噎せ返るほどの強い香りを放っている。
その香りに誘われたものか、下向きの小さな花弁には熊蜂、蜜蜂がぶんぶんと羽音を姦しく鳴らし、後脚には花粉を団子状にへばり付かせて蜜の採集に余念なく飛び交っている。
庭一面に己が存在を誇示するかのようなエゴノキの香りは、きつめの香水を身に付けた好色な年増女を想わせた。
薔薇も花時を迎えた。
薔薇は女のもの、その認識を変えたのは作家の丸山健二だった。
丸山のエッセイ「安曇野の白い庭」の口絵には、緑で埋め尽くされた庭に白い花が点々と咲き乱れ、何か完成された作品のように写っていた。
人の手で白い花を中心に配された庭でありながら少しも嫌味な不自然さを感じさせない。
即、白い花、薔薇に魅了されてしまった。

その頃、ハーブに目を向けていたこともあり、薔薇がハーブの一種であったことは知っていた。
かのクレオパトラが愛したと伝えられているように、古代エジプト、ローマ時代から栽培された薔薇は、観賞、香料植物として古い歴史がある。
ハーブの本には香りを楽しむならオールドローズの古典種がいいと書いてあった。
ホームセンターの店頭にあった薔薇の名はクラシックローズ。
総称しか表示されていなかった。
オールド、クラシック、どちらも古いと云う意味には大差がないだろうと買い求めた。
古典的な薔薇は順調に育ち、去年より多めに花を咲かせた。
遠目から見ると白だが、近づくと微かに桃色に色付いている。
幼子が親に教えられながら柔らかなティッシュペーパーを何枚も使って作り上げた花弁のようで、咲くことに一心で飾り気のない姿は見飽きることがない。
赤、黄、紫など原色で咲き誇る大輪の派手さはないが、慎ましくも魅惑的な香りは花として大切な要素を欠いた見かけだけの薔薇を優に凌駕する。
古風な薔薇の香りは本当だった。

今でこそ薔薇の香りを讃えているが、始めて嗅いだ時はエゴノキ同様、白粉で化けた年増女を連想した。
唾を吐きたくなるような臭いを想起させた原因は嗅ぐ順序を違えたからではないかと思う。
先に本物の香りを知っていれば偽物と混同せずに差別していただろう。
ようやく本物の香りを認めて、自然の香りを知って、年に一度、限られた時期に放たれる香りが待ち遠しくなった。

今日もエゴノキの下で
鈴なりの花と顔見合わせ
薔薇の生命に
鼻寄せる

草花との秘め事
瞬時に
恍惚として瞼を伏せる

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