仕事に関連して講演会には何度か足を運んでいるが、自ら臨むよりも人数集めのサクラとして狩り出されることの方が多い。中には講演内容に期するものもあったが、実際聴いてみれば薄っぺらな中身のない話や自慢話の類に辟易し、無為に時間を潰したと嘆くことが多かった。
 
 他人事に言えたものではないが、講演会の主催者が潤沢な予算の消化、あるいは補助金の使い道の一つとして開催容易な講演会に飛び付き、その場凌ぎの体裁的な運び方が空しい中身を生み出しているようでもある。
 
 最近、印象に残った講演会と言えば、仕事関係の知人の依頼で裏方として手伝った折に聴く機会に恵まれた、俳優、菅原文太氏の慧日寺の德一(とくいつ)に関してのものだった。菅原氏が会津を訪れるきっかけとなったのは恐らくはNHK大河ドラマ「獅子の時代」に会津藩士、平沼銑次の役として主演したことによるだろう。菅原氏は、湯川村の勝常寺本堂内に鎮座する国宝の薬師如来坐像、月光菩薩立像、日光菩薩立像よりも、伊達政宗軍が会津に攻め入った時にその異様な存在感に伊達兵が思わず刃を振り下ろして疵付けた德一坐像に魅せられたとか。数度会津を訪れている。流暢な語り口ではないが人柄溢れた訥々とした話しぶりで、毎朝、磐梯山に掌を合わせては今日一日の営みに感謝して止まない猪苗代の五十軒に住む八十歳代の古老に德一の姿を重ね、磐梯山を「ばんでぇいやま」と方言を交えて独自の会津観を披瀝した。多くの聴衆を前にして、並の講師なら語りの間が空くのを恐れ矢継ぎ早に話すものを、会場が静まり返って聴衆の痛いほどの視線が集まろうとも平然と受け流し、演台の廻りをゆっくり歩きながら、演台に凭れながらして自分の間で話す姿に、仕事柄とは言え菅原氏を包む気の艶やかさにぐいぐい惹きこまれていった。菅原氏75歳、老いてなお華やけり。
 
 今回は職場内の回覧資料に紛れ込んでいたチラシに誘われた。創業意欲溢れる者、現に創業して歩み始めている者を対象とした数度に及ぶ講演内容で、チラシには講師陣の顔写真が載っていた。写真を見ると一人だけ金が纏わりつく“商い”とは無縁のような陶芸家、北川八郎氏が紹介されていた。北川氏の演題は「繁栄の法則」。私は、銭儲けは嫌いになっていたので、講演趣旨にそぐわない陶芸家がどんな話をするのか気になり、自分の偏屈な心眼を試すのも一興、講師の化けの皮を剥いでやろうと不純な動機で聴講を申し込んだ。
 
 講演会当日、会場には15分前に着いた。会場内には私の他に3、4人の聴講者の姿があった。テーブルに置かれた講演資料を捲った。
 
北川八郎氏プロフィール
 1944年福岡県北九州市生まれ。インドを放浪後、‘84熊本県阿蘇山中の南小国町満願寺温泉にて穴窯を筑窯。トマト灰釉など自然灰釉の器を創作する一方、自然農業に親しむ。40日を超える断食(水のみ)を二度敢行する中で、魂の存在意義、生き方の法則を解悟する。競い合うことよりも“頒ち合い”と“やさしさ”を大切に生活。「成功ばかり、一番ばかり、失敗の少ない人生だけが素敵でないのに…。心には力があり、心に想うことが実現してゆくのです。」と今を生きる人々へ静かに語りかける。
 
 他の資料にも目を通し、再度、講師プロフィールに目を戻した時、私の脇を主催者らしき背広姿の男性に導かれて、ほぼ総白髪の長い髪を後頭部に蜜柑一つ乗せたように丸く束ね、上半身には作務衣を羽織り、下半身はスラックスに革靴の出で立ちをした人物が力ない足取りで細身の身体を運び、行き過ぎた。その後ろ姿を眺め、この人物が講師と判然した。会場係のスタッフと短い会話をやりとりした後、二人は会場から出て行った。
 
 100名前後の聴講者を前にして北川氏の講演会が始まった。後方に座っていたせいもあるが、北川氏の声はマイクを通してもその足取りと同じように弱く、集中して聴こうとする意志がなければ耳に届かない声音だった。講演前に会場に現れた時のように、演台の前に立つ北川氏は暗愚の人と錯覚するほどに、もの静かな気を纏っていた。

「最近、学力で生きてきた(東大卒、京大卒などの)人間に鬱が多いですね。抜け目のない仕事相手、言うことを聞かない部下などの対人関係に悩みを抱えています。」

「倒産する会社(経営者)には次の三つが当て嵌まります。①社員を使い捨てにしている。②数字、金(金儲け)が好き。③都合の悪い事を人のせいにする。」

「今の人は叱り方が下手。他のところでもそう話したらうまい叱り方はないのかと訊かれましたのでこう答えました。叱る相手に好意があるかどうか、人間が好きかどうか、人間関係がうまく出来ているかどうか。」

「JRの鉄道事故が減らない理由は、人間関係(上司、部下)の希薄さ、対人関係に問題があります。数字、ノルマを課せられると余裕がなくなります。始めにハウツーではありません。」

「心に力がある例として、商店Aは、予想以上の売上げから地域の皆さんに還元したいと日頃の感謝の気持ちを込めて全品半額セールを催しました。それがまた評判を得ました。通常の半額セールといえば在庫一掃や売れない商品をセットにして売るとか感謝の気持ちに濁りがあります。お客さんはそれに敏感に反応します。お店を信用しなくなります。商店Aは嘘のないセールを行ったからお客さんが集まったのです。」

「信こそ此の世の貨幣、決心よりも小悟(揺るぎない心)の想いで物事にあたることです。先に利益を求めるのではありません。現在も毎日のように食品偽装とか報道されていますが、信を失った会社は幾つも潰れています。心を学ばないでハウツーを幾ら学んでも誤魔化しは消せません。」

「断食は、春から徐々に行い、そうやって秋までで水だけで生活します。そうした状況に置かれていると、人は何のために、何を果たすために生まれてきたのか、その意味を知るようになりました。こんな事を話すと何かの宗教かと思われそうですがそうではありません。人は、限られた“時間(とき)”と契約して生まれてきたのです。この世には法則があります。人は30代、40代に達せばその事に気付かなければなりません。」

「此の世のあらゆるものに人は介在します。」

「最小の経費で最大の利益を上げろ、人に負けないように頑張れ、これをモットーに社員教育していた会社がありました。無理が生じればその言葉には嘘があります。経営者は気付いたんでしょうね。家族サービスして身体を休めるようにと相手を想い言葉を掛けるようになったら、社員の視界が広がり、会社体質、業績が良くなりました。」

「人の法則 ― 宿題を背負い、その使命を果たすために。人として生き、人として為し、感謝の気持ちを持つこと。相手への感謝は自分に返ってきます。調和を保つことです。」

「私は楽園に生まれたと思っています。日本の四季の美しさは他の国にはありません。楽しいと思わないのは自分がそれを薄めているからです。病になるのも調和が保たれていないから。最終的には病に罹ります。ストレスが溜まると皆さんは旨い物を食べたいと思いませんか。旨い物は何ですか。値段が高い料理、肉料理ですね。これには脂が多く含まれています。脂を多く摂り続けるとやがて身体を壊します。私は肉を食べません。」

「心、対人関係、健康、これらは繋がっています。慾が人生を歪めます。怒りは棄てる、なくすべきです。怒りを持つと相手の心が読めなくなり、視界が狭められます。100日間怒りを抱えないように実行してみてください。それでも変わらない時は自分で考えなさい。」

「ある競輪選手が成績が伸びないので相談に来ました。その選手は、肉食中心の食事を止めて植物性の蛋白質を摂るようになったら逆に筋肉が付き始めました。いい仕事、いい走りをしようと思ったら周囲が見えるようになりました。相手に接触して狡い勝ち方をしなくなったらコース妨害もなくなり、勝てる上に対人関係(他の選手との)も良くなりました。」

「日本人の貯蓄率が高いのは将来に不安があるからです。皆さんは、いってらっしゃい、その後に何と言いますか。気を付けてね、と言いますね。それを聞いて、はっ、とします。心が憑いた言葉は言霊とも言いますが、心には力があり、気を付けて、この言葉には気を引き締めていないと事故に遭うという不安を煽る力があります。」

「神戸にある人気ナンバーワンの菓子店の話です。このお店は、出店数を伸ばし、販路を広げるよりも、“量より質”と小さなお店一つを大事にして営業しています。お客さんの喜びを追求するのが夢だそうです。動機に純粋性があります。」

「良き対人関係を築くことです。此の世から嫌な人をなくすことです。会社は人格を創る場です。此の世は思い通りにいかないからこそ学べるのです。それを乗り越えた時、喜びが生まれます。相手に投げた言葉は自分に返ってきます。自分の言葉を、一番近くで自分の耳が聴いています。いい言葉で励まし、優しい言葉を相手に掛けてください。嘘のない人生を送ってください。」

「幕末の会津を大抵の日本人は知っています。会津人の誠実さを知っています。いかに見映えを良くしても、それがなくなれば会津はいずれ見捨てられてしまうでしょう。」

 講演会終了後、北川氏の書を購入しようかと会場出入口を覗いてみたが、書籍の販売はしていなかった。
 
 講演会を餌に書籍販売で少しでも利を得ようとするのが、一般的な、人のさがない慾と呑み込んでいたが、北川氏にはその慾がなかったようである。主催者側で働きかけをしなかったのかどうか、たとえあったにしても心ある北川氏なら柳に風とあっさり受け流して断っていたのではないか。
 
 己の心の縁(よすが)になるものか、北川氏の真意を、天空から小動物を見極める猛禽類の眼で見定めてみたい。ネットで注文した書が届くのを、口をへの字に結び、剣呑とした眼つきの仮面の下から、親の帰りを今か今かと漫ろ(そぞろ)心で待つ幼子の素の顔を浮かばせて無垢に切望する私だった。






コメント

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浜通り山沿いの住人
2008年12月8日20:17

スター様、お久しぶりです。北川八郎氏の講演内容、目の覚める思いで読ませていただきました。自分も北川氏の小指の爪の先ほどであろうとも、そうありたいと切望した次第です。

朴念仁
2008年12月9日12:55

浜通り山沿いの住人様、お久しぶりです。
コメントありがとうございます。
「繁栄の法則」を読んでみました。
今も食い散らかすように気になる本を読んでいますが、感銘を受けた本は古今東西問わずいずれも魂、太陽、月、自然、宇宙、動植物、昆虫の森羅万象に深い洞察力を示しています。
見えない物や自然に気付きがないと人間関係にも気付きはないと言えそうです。
大自然だけでなく、身の回りの些細な自然にもちょっとした感動が出来れば精神の調和が保たれている、あるいは自然に目が行けばまだまだ大丈夫と忙しい時やイライラした時に自分なりに健全な精神度合いを量っています。
私にとってのブログは自分で感じた事を文字にしてまた自分で感じる作業ですが、見た方も同じように感じてもらえるとやっぱり嬉しいですね。

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