ヘッドライトに照らされた路面から
白い布切れが浮かび上がる
布切れは、見る見るうちに眼前に広がり、毛むくじゃらの物体に姿を転じた
瞬時に目が捉えたもの
横たわる白猫、張り立つ黯い血
瞬時に頭を過ぎったもの
土に還すか否か自問の声
車の速度が奇特な思いつきを嗤うように消し去り
気休めに心に取って替わったものは
そのままに
雪融けの、冷たい水が滲みたアスファルトに捨て置けば
遠心力剥き出しの車輪の餌食にならずに済むやもと
安直な変心も
眼前を流れる景色を見過ごすように一瞬にして流れ去る
宅地のいつもの場所に車を乗り入れ
ドアを開け、地面に脚を落としてみると
積もった雪の上に点々と
玄関口に向かう猫の肢跡
我が身がどうなったか自覚もないままに
昇天した白猫の肢跡でもあるまいに
あらぬ疑念を抱きつつ、玄関の扉を開けた
脚を踏み入れた途端
猫のことなど一切合切、背後に放っていた
翌朝、家人がテレビニュースで知った悲惨な交通事故の一端を教えてくれた
家族連れの車と、若者が運転する車が正面衝突
家族の、後部座席に乗っていた年若い母親と幼い息子が即死
軽傷で済んだ若者は逮捕された
不運の一語で済まされることではないが
毎日引き起こされる交通事故の裏側でも
運を左右する人知及ばぬ力が働くものなのか
朝食後、便所に入った
便座に座ると
壁面に画鋲で留めた写真入りの暦が目に付いた
今月に入って毎日目にする何の変哲もない子猫の写真だが
何かをねだるように
前肢の片方を差し出した姿で
翠緑の色濃い沼を切り裂いたかのような
底冷えする子猫の眸を見返しているうちに
昨晩の白猫が思い出された
家人から聞いた交通事故とともに
猫も人間も同じ
事故に遭う
それ以前に
災厄に遭う
川に流され、ゴミ置き場に捨てられ、寺や神社に放置され、烏に啄ばまれ
運が良ければ人に拾われ、命を繋ぐ猫
便槽に落とされ、床下や押入れに遺棄され、虐待され、育児放棄され
運が良ければ施設行きか、里親の元で命を繋ぐ人
これが同じ生きもの
子は、親に葬られるために生を享けたのか
親は、子に殺されるために育ててきたのか
人は、殺し合うために進化してきたのか
轢き殺されたあの白猫は予期せぬものだった
この国の平凡な日常に狎れ果て
無関心に、一瞬の祈りさえ思い起こそうともしない
己に対する
殺人幇助の、問いかけだった
白い布切れが浮かび上がる
布切れは、見る見るうちに眼前に広がり、毛むくじゃらの物体に姿を転じた
瞬時に目が捉えたもの
横たわる白猫、張り立つ黯い血
瞬時に頭を過ぎったもの
土に還すか否か自問の声
車の速度が奇特な思いつきを嗤うように消し去り
気休めに心に取って替わったものは
そのままに
雪融けの、冷たい水が滲みたアスファルトに捨て置けば
遠心力剥き出しの車輪の餌食にならずに済むやもと
安直な変心も
眼前を流れる景色を見過ごすように一瞬にして流れ去る
宅地のいつもの場所に車を乗り入れ
ドアを開け、地面に脚を落としてみると
積もった雪の上に点々と
玄関口に向かう猫の肢跡
我が身がどうなったか自覚もないままに
昇天した白猫の肢跡でもあるまいに
あらぬ疑念を抱きつつ、玄関の扉を開けた
脚を踏み入れた途端
猫のことなど一切合切、背後に放っていた
翌朝、家人がテレビニュースで知った悲惨な交通事故の一端を教えてくれた
家族連れの車と、若者が運転する車が正面衝突
家族の、後部座席に乗っていた年若い母親と幼い息子が即死
軽傷で済んだ若者は逮捕された
不運の一語で済まされることではないが
毎日引き起こされる交通事故の裏側でも
運を左右する人知及ばぬ力が働くものなのか
朝食後、便所に入った
便座に座ると
壁面に画鋲で留めた写真入りの暦が目に付いた
今月に入って毎日目にする何の変哲もない子猫の写真だが
何かをねだるように
前肢の片方を差し出した姿で
翠緑の色濃い沼を切り裂いたかのような
底冷えする子猫の眸を見返しているうちに
昨晩の白猫が思い出された
家人から聞いた交通事故とともに
猫も人間も同じ
事故に遭う
それ以前に
災厄に遭う
川に流され、ゴミ置き場に捨てられ、寺や神社に放置され、烏に啄ばまれ
運が良ければ人に拾われ、命を繋ぐ猫
便槽に落とされ、床下や押入れに遺棄され、虐待され、育児放棄され
運が良ければ施設行きか、里親の元で命を繋ぐ人
これが同じ生きもの
子は、親に葬られるために生を享けたのか
親は、子に殺されるために育ててきたのか
人は、殺し合うために進化してきたのか
轢き殺されたあの白猫は予期せぬものだった
この国の平凡な日常に狎れ果て
無関心に、一瞬の祈りさえ思い起こそうともしない
己に対する
殺人幇助の、問いかけだった
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